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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)6号 判決

被告人

李元培

主文

原判決を破毀する。

被告人を懲役四月に処する。

領置の手拭百枚は沒收する。

理由

弁護人廣石郁磨の控訴理由は

第一点(刑訴三七九條相当)

原裁判所は本案犯罪特別構成要件たる営利目的の存在事実を証拠に拠らず認定せるものにて刑訴法第三一七條に違反し其の違反は判決に影響を及ぼすものなり。

(イ)  本案適用法條たる物價統制令第十三條の二により被告事件については被告人の営利目的の存在は本罪の特別構成要件なり。

(ロ)  原裁判所の判断を見るに其の理由に於て單に「営利の目的を以て」と飛躍判断をなし其の事実認定の証拠として檢察事務官の第一回供述書以下を示せり。今公判調書に於ては被告人は営利目的の存在を否認し檢察事務官第一回供述書には八千五百円で買つたものを九千五百円にて近親に渡すとすれば壱千円の差額は認めらるるも、大阪にて買ひ持参すれば汽車賃及其の他の経費を要し其の差額壱千円の存在のみを以て営利と断定し得るものに非ず、少くとも営利目的の存在を認定する爲には賣買の事実又は其の予備行爲等具体的事実に根拠せざるべからず。原裁判所が斯かる点に対する審理をなさずして單に「営利目的を以て」と判断せるは証拠によらざる事実の認定にて刑訴第三一七條に違反なり。

(ハ)  前項違反は犯罪構成要件部分に属するを以て当然判決に影響するものなり。

第二点第三点省略

第四点(刑訴第三七九條)

被告事件に付き原裁判所は被告人の自白のみに基き判決したるものにして刑事訴訟法第三一九條第二項に該当し無罪とさるべきものを有罪と判決せるものなり。

原裁判所判決理由に於て証拠として檢察事務官の第一回供述書大分縣價格査定委員会主事の査定書及被告人の当公廷の供述を綜合して判示事実を認めたり。

右証拠は犯罪の構成外たる大分縣價格査定委員会主事の査定書を除きては何れも被告人の自白のみなり。

故に刑事訴訟法第三一九條第二項により有罪とすることを得ざるものなり。

と云うのである。

然し乍ら、原判決が証拠として引用しているところの李元培に対する檢察事務官の第一回供述調書の記載によれば、被告人は大阪で八千五百円で買つたタオル十反を九千五百円で轉賣し汽車賃を差引きなお幾分かの利益をあげようとの考えで所持していたことが明白であつて、さすれば原判決が被告人に営利の目的があつたものと認定したのは寧ろ当然である。けだし、物價統制令第一一條及び之を準用している同令第一三條ノ二第二項に云うところの「営利の目的」とは要するに利益を得んとする目的を云うに過ぎないのであつて、その目的とする利益が特別莫大若しくば不相当な利益であることや、継続的若しくは業務的な利益であることなどは毫も必要としないのであるからである。從つて原判決には第一点に所論のように証拠によらずして事実認定をした違法即ち刑事訴訟法第三一七條違反の点などは存しないのみならず所論第三点のような事実の誤認があるとも思はれない。尚原判決は証拠の標目だけを挙示して居つて、その挙示する証拠の内容は如何なるものでありその如何なる部分によつて如何なる事実を認定したかと云う点は原判決の記載のみによつてはわからないけれども、新刑事訴訟法はその新に採用した審理の方法や上訴の仕組などを考慮に入れて、証拠の内容を認定事実との関連性を判決に示すことはその必要がないものとし、判決には單に証拠の標目を示せば足るものとした(刑事訴訟法第三三五條)のであるから、原判決には論旨第二点に云うような理由不備の点もない。

唯然し乍ら、原判決の挙示した証拠中大分縣價格査定委員会主事の査定書は單に問題の手拭の規格や價額の査定に関するものに過ぎず、之を除けば原判決の証拠としたものは被告人の公判廷に於ける供述と檢察事務官に対する被告人の供述を録取した書面の記載だけであつて結局原判決は被告人の自白のみを唯一の証拠として犯罪事実を認定したものと云うの外はない。從つて原判決は刑訴第三一九條第二項に違反しているとの所論第四点は理由があり原判決は破毀を免れぬ。以下自判

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